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【幼い私を癒す】お菓子に執着していた私!なんでこんなにケチなの?!

執着しているのはなぜ? マインド(考え方・価値観・習慣)

なんか知らないけど、ある事柄に執着してしまう。

渡したくない!と思う。そんな自分をケチだなと感じてちょっと嫌な気分になる。

でも些細なことなのでさほど気にせず、いつもスルー。

毎回、その事柄が出てくると「もやもや」「負の感情を覚える」

という経験はありませんか?私はあります。

そんな時どうしているのか?私の経験を書いてみようと思います。

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なぜか知らないけど「お菓子」に執着している自分に気づいた

私の場合。

なぜか知らないけど、やたら「お菓子」に執着している自分に、ある時気づきました。

職場でお菓子をいただくと、「一人で食べたい」「取られたくない」そんなイメージがいつも広がるんです・・・。

しかも「職場で」が多いんですね。というか職場限定。

ただ単にお菓子が好きならわかります。

職場での休憩に一個ずつ食べよう、というならわかります。

でめこ
でめこ

それは、ワクワク楽しみ!といった前向きな感情。

そうではなく、負の感情。

渡したくない、取られたくない、取られちゃう。

そんな感覚でした。

その感情に初めて気づいた時、

一つ百円もしないお菓子を分けたくないだなんて、私はなんてケチなんだろう。

とがっかり、自分が嫌になりました。

お菓子をもらうのに抵抗感、隠れて「こっそり」したくなる

それから、職場の休憩室には「自由に食べてください」と置いてあるお菓子があるんですね。

そのお菓子をもらうのにも抵抗感がある自分にも気づきました。

でめこ
でめこ

誰もみてないよね、と確認してからポケットにさっと隠し持つ・・・。

そんなことをしていました。

「こっそり」「隠したい」これがキーワード。

あれ?なんで?と気にしてみた

そんな状態が異常と気づかず、ずっとそうしていたのですが。

ある時急に、「あれ?なんで私はこんなにお菓子に執着しているんだろうか?」と気づきます。

冷静に考えたら、変ですよね。だって、

自由に食べてもいいお菓子なんだから。

  • 職場で差し入れやお土産でいただいたお菓子
  • 休憩室に置いてあって、誰でも自由に食べてもいいお菓子

私の好きにしてもいいお菓子なんです。

それなのになぜ、こんなにも罪悪感や抵抗感、そして執着があるのだろうか・・・。

でめこ
でめこ

・・・あれ?おかしいな?変だな?と気がついたんです。

そこで、「なぜ?」と気にしてみることに。

なぜ?なぜ?で、自分を深掘りしていきました。

これだ!としっくりくる「答え」が見つかるまで。掘り下げてみたんですね。

掘り下げのやり方

一つ答えが出たら、その答えに対してまた「なぜ?」と聞いていき、深く掘っていきます。

答えに辿り着くと「これだ!」と自分でわかるので、「これだ!」が出るまで掘り下げていきます。

なぜ?なんで私はこんなにお菓子に執着しているんだろう?

お金がもったいないと思っている?でもこれ、タダでいただいたものだよね。

自分が差し入れした分は確かに支払いが生じている。けど、お菓子を買うときは抵抗感はなかったよね。別にお金に困っているわけじゃないし。

なんで?

なんで?

なぜ?

と深いところに聞いてみました。

これかも!幼い自分が出てきました

すると、これかも!という答えに辿り着きます。

それは「幼い頃の私」でした。

幼い頃、3歳から私は祖父母の家に預けられていたんですね。

祖父母の家は、古い農家。

曽祖父・祖父母・叔父や叔母・本家や分家の従兄弟たち。

幼少期のほとんどを、わたしは祖父母の家で過ごしました。

お茶の時間になると、祖母や従兄弟たちとおやつを食べます。

その時間が私にとって、すこし苦痛でもありました。

なぜなら「食べたいものがほとんどなかったから」。

祖父母が出すお菓子は幼い私が苦手なものばかり。

でも、食べないとおばあちゃんに悪い、と感じて、無理やり口に押し込む。

だけどやっばり不味くて・・・。

「お花見てくる!」と言って、こっそり吐き出すこともありました。

ところが、本家のいとこはいつも私がみたことのないおしゃれなお菓子を持っていて、それを一人で食べていたんですね。

母親(叔母)がとてもおしゃれな人で、流行りのお菓子を買ってきて。いとこはそれを母親から渡され、一人で食べていたんです。

いいなーと、幼い私はみていました。でも「分けて」とは言えなかったんです。

そこで私はある日、いつものようにオシャレなお菓子を手にしていたいとこに、

「そのお菓子、前に食べたことがあるけどすごく不味かったよ」

と嘘をついたんですね。

そうすればいとこが「いらないあげる」と言い出すかもしれないと思ったのです。

そうしたら「私が食べてあげようか?」と言おう、と。

「不味かったよ」と聞き、いとこは「え?ほんと?」と言いました。

そこで記憶が途切れているのですが、もしかしたらその後二人で半分こして。

私は一生懸命「まずーーーい」と演技をしながら。

甘くて柔らかくて美味しい、初めてのお菓子を大切に味わったかもしれません。

または、食べられなかったかもしれません。

食べたいものが食べられず。嘘をついてまで、お菓子を食べたかったんだなと。

だから大人になってもお菓子に執着しているのかも、そう思いました。

それからもう一つ。

子供の頃、実家ではなぜか応接間の押し入れにお菓子が入れてあったんです。

それを見つけた幼い私は、「食べちゃいけないんだ」と思い込みました。

押し入れ=隠す。

そんなイメージがあったようで、「お母さんが食べちゃダメ!と言っている」と思ったんですね。

それから何年も、家で自由にお菓子を食べれなかったんです。

ほんとは食べたいのに、我慢してました。

ところが数年後。小学生高学年になったころ、母親は食べちゃダメという意味で押し入れに入れていたわけじゃないと知りました。

なぁんだ!ですよね。笑

このように、「幼い私」は楽しい「おやつ」の時間に好きなものが食べられず。好きじゃないものを我慢して食べて。

嘘をついてまで、いとこのお菓子を食べようとしていた。

さらにその記憶はずっと残っていて、時々「思い出して」いたものでした。

今まで誰にも話したことがなかったのですが。

幼い私は、慣れない場所で。

肩身の狭い思いをして。周りの大人に気を使い、好きじゃないお菓子を食べて苦しみ。

好きなお菓子を食べられませんでした。オシャレなお菓子をたべてみたくて、嘘をついたこともありました。

自己主張ができるようになってからは、お小遣いで好きなお菓子を自由に買い、食べています。

だからこの記憶を思い出しても、特に気にせずスルーしていたんですね。

それが大人になった今。

大人数の場所でお菓子を見ると「取られる」「渡したくない」と負の感情が湧き上がるように・・・。

こういった幼い頃の経験ってずっと残り続けていて、大人になってから日常生活に支障をきたすことが時にあるようです。

なぜそうなるのか?なるほど!と思ったのは、

体も、心も、体力が落ちてきて。我慢ができなくなるから

若いうちは心にも体力があり、みたくない「記憶」にも蓋ができるんです。

ところが歳を重ねると、体だけでなく「心の体力」も落ちてきます。

すると、過去。傷ついた記憶やそこでの思い込みが吹き出してきて、なんか上手くいかない・・・とかんじる。

そんな場合もあるようです。必ずしもではありませんが。

あぁ、これだ!しっくりきたら「癒してあげる」

深掘りしていくと、幼い頃の私が出てきました。

幼い私は祖父母の家で、肩身の狭い思いをしながらも頑張っていたんだな。

嘘をついてまで、食べてみたいモノを手に入れようとしていた。

一生懸命考えたのでしょうね。嘘をつくのは良くないけど、大人のわたしはそれを責めません。

未熟な幼い私がしたことですし、もう十分苦しんだと思う。

だから、これからは大人の私が幼い私を癒してあげます。これを、

でめこ
でめこ

インナーチャイルドを癒す、と言います。

インナーチャイルドの癒しについてご興味があるかたは、まずは、ネットや書籍でご自身でやり方などをお調べになり、自己責任の上で、お試しください。

誰にも大人の自分の中に、幼い頃の記憶があります。

幼い私が傷ついた経験も、記憶されています。

その時の自分に会いにいって、そのとき私がかけて欲しかった言葉やして欲しかったことを、大人の今の私がしてあげるんです。

私はまず、一人でゆっくりできる場所に座り。イメージの中で目の前に大きな扉を置きます。

そして、そのドアにゆっくり近づいて・・・。ドアを開けます。

すると中には、「会いたかった幼い私」がいます。

その子が驚かないようにゆっくり近づいて、目線を合わせてあげるんです。

そして、幼い私がかけて欲しかった言葉をたっぷりとかけてあげます。

少し大きめなサイズの柔らかい、ぬいぐるみや抱き枕とかを用意して、それを幼いわたしとしてイメージします。そして、

ひとりで頑張ったね、つらかったね、もう大丈夫だよ。安心して。一人じゃないよ。私がいる。私はどんな時も、あなたのいちばんに味方だよ。いつでもそばにいるから。

食べたいものは何?なんでも買ってあげる。好きなものを自由に食べていいよ。何が欲しい?いっしょに買いにいこう。

優しい言葉をかけて、そしてハグ。

ぎゅーーーーーーっと、抱きしめてあげるんです。大丈夫だよ、と声をかけて。

頭を撫でて欲しければ、やさしく撫でてあげます。

ここまでくると、自然と涙が溢れてきました。

満足するまでとことん癒してあげたら、「またいつでも会いにいくからね」と言ってバイバイします。

幼い私はドアの向こうに。大人の私はドアのこちら側に。

手を振り、ドアをパタンとしめる。

幼い私を癒してからの変化

幼い私を癒やしてからの変化は、お菓子へ執着する自分を許せるようになったこと。

許すと気がふっと軽くなって。こんな自分でもいいんだ。と思うようになりました。

お菓子独り占めしたい!って思ったっていいじゃん!

だって、一人で食べたいんだもん!

笑。

そんな風に、気軽に思うようになりましたね。

それから、好きなお菓子を食べることは悪いことじゃないよね、と改めてインプットもできました。

これだけで、人生は軽やかになります。

執着している自分を自分で認めることができれば、それが赦しになるんじゃないかな。

執着しているにも訳がある。

それを許すことで、だいぶ気分が変わりました

そんなお話でした。

インナーチャイルドの癒しについてご興味があるかたは、まずは、ネットや書籍でご自身でやり方などをお調べになり、自己責任の上で、お試しください。

最後までお読みいただきありがとうございます。ではまた明日~♪

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